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東京地方裁判所 平成4年(ワ)17649号 判決

主文

一  被告甲野太郎及び被告乙山春夫は、日本航空電子工業株式会社に対し、被告丙川夏夫と連帯して、金四一四〇万円及びこれに対する平成五年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  被告丙川夏夫は、日本航空電子工業株式会社に対し、金一二億四七五二万円及びこれに対する平成五年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を(うち第一項の金額の限度では被告甲野太郎及び被告乙山春夫と連帯して)支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告らは、日本航空電子工業株式会社に対し、連帯して金五〇億円及びこれに対する平成五年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、日本航空電子工業株式会社(以下、「日本航空電子工業」又は「会社」という)の株主である原告が、同社においてF-四ジェット戦闘機に用いられる加速度計・ジャイロスコープ及び同戦闘機搭載用ミサイルの部分品であるローレロンを関税法・外国為替及び外国貿易管理法(外為法)所定の各手続きを経ないで不正に売却・輸出したことが取締役の善管注意義務・忠実義務に違反する行為であり、これにより日本航空電子工業に罰金・制裁金の支払いのほか売上高の減少・棚卸資産の廃棄等の損害を生じさせたとして、被告らに対し、株主代表訴訟により損害賠償の請求をしている事案である。

一  争いのない事実等

1 当事者等

(一) 日本航空電子工業は、航空、宇宙、海洋等の航行、飛翔に関連するシステム、機器、部品の開発、製造、販売等を目的とする、資本金一〇六億三九四三万二五九一円、東京証券取引所第一部上場の株式会社であり、一単位の株式数は一〇〇〇株である。

(二) 原告は、平成三年四月五日、日本航空電子工業の株式二〇〇〇株を取得し、同年一〇月八日ころから現在に至るまで一〇〇〇株を保有している。同月一八日、原告は同会社の株主名簿に登載された。

(三) 被告甲野太郎(被告甲野)は、昭和六一年六月二七日、日本電気株式会社の常務取締役から日本航空電子工業の代表取締役副社長となり、昭和六二年六月二六日には同社の代表取締役社長に就任したが、平成三年六月二七日取締役を辞任した。

被告乙山春夫(被告乙山)は、昭和六〇年六月二七日、日本電気株式会社の支配人から日本航空電子工業の常務取締役(研究部長・光エレクトロニクス推進部長)に就任し、航機事業部長・研究部長・光エレクトロニクス推進部長(昭和六一年六月二七日)、航機事業部長・研究開発本部長・研究開発本部研究部長事務取扱(昭和六二年四月二〇日)、航機事業部長(同年九月二一日)を経て、平成元年六月二九日、専務取締役航機事業部長に就任したが、平成二年六月二八日、航機事業部長を解嘱され、平成三年九月一三日取締役を辞任した。

被告丙川夏夫(被告丙川)は、昭和三〇年四月一日、日本航空電子工業に入社し、航機事業部長代理(昭和五六年七月一〇日)、航機事業部次長(昭和五九年五月一四日)、航機事業部長代行(昭和六〇年六月二七日)を経て、昭和六一年六月二七日に取締役(航機事業部次長)に就任し、昭和六二年四月二〇日に航機営業本部長となったが、平成三年九月一三日取締役を辞任した。

2 関税法・外為法違反行為

日本航空電子工業は、昭和五九年三月二八日から昭和六一年九月三〇日までの間、関税法・外為法に違反し、最終仕向地がイランであることを認識しながら、別紙一の一覧表記載のとおり、F-四ジェット戦闘機に使用される加速度計(F-四戦闘機用慣性航法装置部品リットンA-二〇〇Dアクセロメーター)一一七個、ジャイロスコープ二二八個(同部品リットンG-二〇〇ジャイロスコープ二一三個、F-四戦闘機用火器管制装置部品ハネウエルジャイロスコープGG-一一六三・一五個)(申告価格合計八億六五二七万九三九〇円)を税関長・通産大臣の許可を受けることなく、香港ハイエラックス社及びシンガポールエアロシステムズ社に販売し、引渡した。

また、日本航空電子工業は、昭和六一年一月一〇日から平成元年四月四日までの間、同じく関税法・外為法に違反し、最終仕向地がイランであることを認識しながら、別紙二の一覧表記載のとおり、サイドワインダーミサイル(F-四ジェット戦闘機搭載用空対空ミサイルAM一九型の俗称)の部分品ローレロン三〇七九個(申告価格合計七〇九八万三三七七円、ただし試作品及び返品を含む)を税関長・通産大臣の許可を受けることなく、シンガポールに輸出した。

3 制裁

(一) 米国司法省は、平成三年九月四日、日本航空電子工業が加速度計一個・ジャイロスコープ一二八個(G-二〇〇・一二七個、GG-一一六三AA〇一・一個)を同国国務省の許可を受けずにイランに譲渡し又は譲渡させたとして、日本航空電子工業のほか同社の元従業員丁原秋夫、戊田冬夫、甲原松夫を米国コロンビア特別区連邦地方裁判所に、武器輸出管理法・国際武器取引規則違反の罪で刑事訴追を行い、また同国国務省は、同月一〇日、日本航空電子工業について同省管轄の防衛物品及び防衛サービスに関する輸出ライセンス及び技術供与等の許認可を一時停止する旨の行政措置をとった。

そして、平成四年三月一一日、日本航空電子工業と米国司法省・国務省・商務省との間で司法取引が成立し、同社は、刑事訴追を受けた訴因二二のうち一〇について有罪答弁を行うとともに、罰金一〇〇〇万ドル及び特別課徴金二〇〇〇ドル(司法省)、制裁金五〇〇万ドル(国務省)、和解金四二〇万ドル(邦貨換算額合計二四億八〇三〇万円)をそれぞれ支払った。

また、右司法取引における合意に基づき、米国国務省は、右一時停止の行政措置を解除した上、改めて平成四年三月一一日から三年間新規輸出許認可申請の禁止措置を行い(但し、終わりの二年間は禁止措置の執行を保留すること、最終使用者が日本政府機関である申請については十分に考慮すること、日本航空電子工業の米国子会社については対象外とすることが併せて合意されている。)、同国商務省は、平成四年三月一二日から三年間輸出取引を禁止する措置をとった(但し、一般ライセンスについては終わりの三三か月間は禁止措置の執行を保留すること、個別発効ライセンスについては終わりの二年間は禁止措置の執行を保留すること、最終使用者が日本又は米国政府機関である取引については禁止の対象外とすること、日本航空電子工業の子会社は対象外とすることが併せて合意されている。)。

(二) 東京地方検察庁は、平成三年九月一三日、日本航空電子工業が、昭和六三年一〇月一三日から平成元年四月四日までの間、ローレロン七〇四個をシンガポールに輸出したとして同社を、また、被告ら及び丁原が、昭和六三年五月二二日から平成元年四月四日までの間、ローレロン一三五七個をシンガポールに輸出したとして被告ら及び丁原をいずれも関税法・外為法違反の罪で起訴した。

平成四年四月二三日、東京地方裁判所は、起訴された公訴事実を全て認めた上、日本航空電子工業に対し罰金五〇〇万円、被告ら及び丁原に対しいずれも懲役二年・執行猶予三年の有罪判決を言い渡し、判決はその頃確定している。

通産省は、平成三年一〇月二五日、日本航空電子工業に対し、外為法五三条に基づき、同年一一月一日から平成五年四月三〇日までの間全地域を仕向地とする全製品の輸出を禁止する行政処分(輸出禁止処分)を行った。右行政処分は、通産大臣の許可を得ないでした〈1〉昭和五九年六月から昭和六一年九月の間の二五回にわたる合計二一三個のジャイロスコープ(G-二〇〇)の不正取引、〈2〉昭和五九年三月から昭和六一年二月の間の一四回にわたる合計一一七個の加速度計(A-二〇〇D)の不正取引、〈3〉昭和六〇年六月と同年一一月の二回にわたる合計一五個のジャイロスコープ(GG-一一六三AA〇一)の不正取引、〈4〉昭和六〇年一一月から昭和六一年八月の間の八回にわたる合計一六七三個のローレロンの不正輸出及び〈5〉昭和六三年五月から平成元年四月の間の一三回にわたる合計一三五七個のローレロンの不正輸出を対象としていた。

また、防衛庁は、平成三年一〇月八日、日本航空電子工業に対し、〈1〉当分の間、真にやむをえない場合を除き同社との契約を差し控え、〈2〉当分の間同庁の新規事業については原則として同社を参加させない旨の通達を出した。このうち、〈1〉の措置は、平成四年三月一三日に解除された。

4 損失等

日本航空電子工業は、第六二期(平成三年四月から平成四年三月まで)の期末決算において、前記輸出禁止処分に伴う棚卸資産の廃棄損一二億二六〇〇万円、司法取引支払金及び和解金二五億三九〇〇万円を特別損失として計上し、第六三期(平成四年四月から平成五年三月まで)の期末決算において、ライセンスの一時停止により出荷不能となった棚卸資産の廃棄等による損失七億九三〇〇万円(うち、棚卸資産廃棄損六億八四〇〇万円、有価証券評価損一億〇九〇〇万円)を特別損失として計上した。

なお、日本航空電子工業の第六一期(平成二年四月から平成三年三月まで)の売上高は七七六億四六〇〇万円、経常利益は二五億五四〇〇万円、当期純利益は一〇億六三〇〇万円であったが、第六二期の売上高は七一五億六三〇〇万円、経常損失は三二億八一〇〇万円、当期純損失は三九億二八〇〇万円であり、第六三期の売上高は五九一億七二〇〇万円、経常損失は三二億三〇〇〇万円、当期純損失は三二億五五〇〇万円であった。

5 提訴手続

原告は、平成四年七月二九日到達の書面で、日本航空電子工業の監査役である小沢義秀、朝倉哲文及び小池明に被告らの責任を追及する訴えの提起を請求した(第一次提訴請求)。なお、原告は、本件訴え提起後の平成五年一〇月八日到達の書面で、小沢義秀、藤崎迪夫及び小池明に被告らの責任を追及する訴えの提起を請求した(第二次提訴請求)。

二  本案前の争点

(被告らの主張)

原告が本訴提起前に会社の監査役にした第一次提訴請求の書面には、被告らが平成四年四月二三日東京地方裁判所で有罪になったことが善管注意義務違反に該当するとされており、当時原告はローレロンの不正輸出事件に関して被告らの責任を問題にしていたに過ぎない。これに対し、本訴請求は、右事件とは関係のない加速度計・ジャイロスコープの不正取引による責任も問うており、これについては商法二六七条所定の手続を欠いている。

また、第一次提訴請求書面の損害内訳のうち、米国司法省・国務省との司法取引による罰金一〇〇〇万ドル、制裁金五〇〇万ドルを除くその余の項目はいずれも抽象的であり、監査役に対する訴え提起の請求としては特定が不十分である。

そして、右手続の瑕疵は、本訴提起後になされた第二次提訴請求によっても治癒されないというべきである。

(原告の主張)

第一次提訴請求の書面には、「東京地裁で有罪となったこと」に関し、被告らに善管注意義務違反がある旨記載しており、文書の全体を合理的に判断して、加速度計・ジャイロスコープの不正取引についても、被告らの責任を追及する訴訟を提起することを求めていると解すべきである。

損害の特定に不十分な点があったとしても、会社は十分な資料を持っており、被告らに対する責任追及の訴訟を提起することができたから、本件訴えの適否に影響を及ぼすものではない。

なお、仮に、第一次提訴請求で加速度計・ジャイロスコープの不正取引による被告らの責任についての提訴を求めていないとすれば、原告は、第二次提訴請求で加速度計・ジャイロスコープの不正取引について被告らの責任を追及する訴訟を提起することを求めた上、本件訴訟で請求の拡張を行っているから、本件訴えが不適法となるものではない。

三  本案の争点

1 加速度計・ジャイロスコープの不正取引について被告らに善管注意義務ないしは忠実義務違反があったか

2 ローレロンの不正輸出について被告らに善管注意義務ないしは忠実義務違反があったか

3 被告らの行為により会社が被った損害の有無・範囲

四  本案の争点に関する当事者の主張

1 争点1(加速度計・ジャイロスコープの不正取引と善管注意義務・忠実義務違反)

(原告の主張)

昭和五九年三月二八日から昭和六一年九月三〇日まで行われた加速度計及びジャイロスコープの不正取引については、被告甲野は代表取締役に就任した昭和六一年六月二七日から、同乙山は常務取締役に就任した昭和六〇年六月二七日から、同丙川は取締役に就任した昭和六一年六月二七日から、いずれも同年九月三〇日までの間の取引によって生じた損害について責任を負う。

被告甲野と同乙山が取締役に就任したときには、加速度計及びジャイロスコープの不正取引は継続しており、その売上高は高額であったから、両被告は、職務に忠実に従って善管注意義務を履行し、監視義務を尽くしていれば、取締役に就任した時点で本件不正取引を発見することができたし、そうすれば適切な措置を講じることにより会社の損害を回避することができたはずである。被告甲野は、昭和六一年六月二七日、代表取締役副社長に就任し、会社の経営全体について社長を補佐する地位に就いたのであるから、担当取締役を通じて、会社の業務運営に重大な法律違反行為がないか調査・報告させるべき義務があり、被告乙山は、航機事業部長に就任した昭和六一年六月二七日以降は航機事業部全体について事業内容を調査・把握すべき義務があった。被告丙川は、取締役に就任する以前から自ら率先して加速度計・ジャイロスコープの取引に加担しており、しかも航機事業部次長の職にあったから、少なくとも取締役に就任した昭和六一年六月二七日以降は不正取引が継続されているかどうかを調査し、右取引を発見・阻止すべき義務があることは明らかである。

(被告らの主張)

被告甲野、同乙山は、加速度計・ジャイロスコープの取引には何ら関与していない。被告甲野が取締役に就任したのは昭和六一年六月二七日であり、同乙山が航機事業部の担当取締役となったのも同日である。右両名が航機事業部を掌握しうる地位にあったのは、昭和六一年六月二七日から同年九月までのわずか三か月にすぎない。ところが、加速度計・ジャイロスコープの取引は、昭和五九年三月に当時航機事業部次長であった亡乙野竹夫らによって開始され、数人の従業員によって秘密裡に推進されてきたもので、輸出対象品目として他の加速度計・ジャイロスコープと区別がつく扱われ方もされず、前任者からの引き継ぎもなく、取締役会、常務会等一切の社内会議の議題に上がることもなかったのであって、両名は不正な輸出取引を知りうる立場になかった。

また、被告丙川は、加速度計・ジャイロスコープの取引に取締役として何ら関与していない。被告丙川は、取締役に就任する前の昭和五九年三月二八日に加速度計一三個をシンガポールエアロシステムズ社に引き渡したことはあるが、右以外には加速度計・ジャイロスコープの輸出取引に関与していない。同被告が取締役に就任した昭和六一年六月二七日から同年九月までの間の輸出については、既に締結済みの契約の履行としての出荷のみが残されていたにすぎず、当初から事情を知る開発営業部の従業員のみによって行われたものである。

2 争点2(ローレロンの不正輸出と善管注意義務・忠実義務違反)

(原告の主張)

昭和六一年二月二六日から平成元年四月四日まで行われたローレロンの不正輸出については、被告甲野は代表取締役に就任した昭和六一年六月二七日から、同乙山は右輸出が開始された昭和六一年二月二六日から、同丙川は取締役に就任した昭和六一年六月二七日から、いずれも平成元年四月四日までの間の輸出によって生じた損害について責任を負う。

武器の不正輸出という極めて悪質な取引について、既に契約が成立していたからといって、そのまま履行することが許されるはずはなく、被告らは、ローレロンの不正輸出に気づいた時点で契約を解消するのが当然の義務であり、そうしていれば会社が後記のような多大な損害を被ることはなかった。

被告甲野には、代表取締役副社長に就任した以降、担当取締役に会社の業務運営に重大な法律違反行為がないかどうかを調査・報告させるべき義務がある。被告乙山には、常務取締役に就任した昭和六〇年六月二七日、遅くとも航機事業部長に就任した以降は、航機事業部全体について事業内容を調査・把握すべき義務があった。仮に、右両被告に各時点における義務が認められないとしても、被告乙山は昭和六一年一二月二六日から、被告甲野は昭和六二年九月三日から、それぞれローレロンの不正輸出の事実を認識していたから、以後の不正輸出について責任を負う。

被告丙川は、取締役に就任する以前から自ら率先して輸出行為に関与しており、既にローレロンの不正輸出を知っていたから、取締役就任後の輸出について責任を負う。

(被告らの主張)

ローレロンの輸出取引は、被告甲野及び同丙川が取締役に、同乙山が航機事業部担当取締役に就任する前の昭和六〇年九月頃から、会社の航機事業部長代理であった丁原らによって既に決定、推進されており、被告らの関与の態様は事後的かつ消極的である(被告丙川も、その頃、汎用品としての粉体流量計用のフライホイールであるとの説明を受けただけで、取締役就任後も真実を知らされていなかった。)

被告らは、取引を中止すれば既に輸入され在庫している要修理品の返還について新たな法令違反を免れず、逆に取引を中止しながら在庫品を返還しないとすれば、責任追及の手段としていかなる制裁があるかもしれない上、既に取引を完了している加速度計・ジャイロスコープの不正取引までもが露顕することになるという進退極まった状況の中で、既契約分で既に在庫しているものに限って早期に修理・輸出を終え、早急に取引を解消することが会社にとって最善の道であると考えた。

ローレロンの修理・輸出取引に対する被告らの関与は、既に会社の従業員によって行われてきた不正な取引を事後的に知るに至り、シンガポールエアロシステムズ社との取引実態や取引を中止した場合に確実に起きる問題点等を考慮して、既契約分で要修理品として既に輸入されているものに限って早急に修理・輸出を終了して不正な取引自体を終結させることとした点に限定される。

確かに、ローレロン輸出事件に対する被告らの関与は、外為法等の法規に違反するものであるが、本件取引については、会社の従業員によって既に違法行為がなされており、会社に多大な損失の発生が必定であった状態において、被告らは損失の発生を最小限度に止める選択をしたものであって、会社から損害賠償を請求される関係にはない。

ローレロンの輸出取引は、被告らが取締役に就任する以前から、会社のごく限られた従業員によって秘密裡に決定・推進されてきたものであり、会社の取締役会・常務会その他の社内会議の議題に一度として上がることもなかったのであり、その意味で極めて異常で病理的な案件であるから、このような案件について、取締役に就任したというだけで善管注意義務違反による責任を負うことにはならないし、また形式的に担当取締役の地位にあったとしても、それだけで直ちにこれを知ることができたとして監視義務違反を問うことはできないというべきである。

3 争点3(会社の損害)

(原告の主張)

(一) 日本航空電子工業は、本件不正取引・不正輸出により、通産省から、一年六か月間の輸出禁止処分を受け、防衛庁からは、当分の間契約を差し控え、新規事業に参加させない旨の通達を受けた。

また、米国国務省からは三年間の新規輸出許認可申請の禁止処分、同国商務省からは三年間の輸出取引の禁止処分をそれぞれ受けた。

さらに、平成三年七月五日に強制捜査が行われて以来、新聞・テレビ等のマスコミ報道に晒されることにより、又は本件不正輸出事件を直接の原因として取引先から契約を解消された。

これらにより、会社の売上が激減した結果、本件不祥事前の第六一期(平成二年四月から平成三年三月まで)に比べ、第六二期(平成三年四月から平成四年三月まで)は四八億九四〇〇万円、第六三期(平成四年四月から平成五年三月まで)は四〇億五五〇〇万円、合計八九億四九〇〇万円利益が減少した。その後も前記行政処分等には継続しているものもあり、本件によって失墜した信頼を回復するには相当な期間を要するものであるから、本件による売上の減少に基づく損害は一〇〇億円を下らない。

仮に、右損害の全てが本件不祥事によるものと認められないとしても、少なくともその三割については本件不祥事によるものというべきである。

(二) 日本航空電子工業は、通産省の輸出禁止処分により、輸出用棚卸資産を廃棄せざるを得なくなり、第六二期には一二億二六〇〇万円の棚卸資産廃棄損を計上した。また、第六三期には、ライセンスの一時停止により出荷不能となった棚卸資産の廃棄損六億八四〇〇万円と有価証券評価損一億〇九〇〇万円をそれぞれ計上した。これにより同会社は、合計二〇億一九〇〇万円の損害を被った。

仮に、被告らが関与していない部分を考慮したとしても、被告らが賠償すべき割合が五割を下回ることはない。

(三) 日本航空電子工業は、米国司法省及び同国務省との間の司法取引により、司法省に対し罰金一〇〇〇万ドル(約一三億円)、国務省に対し制裁金五〇〇万ドル(約六億五〇〇〇万円)等合計二五億三九〇〇万円の支払を余儀なくされた。

仮に、右支払が加速度計及びジャイロスコープの不正輸出に関するもので、被告らの関与の程度に従って割合的認定しかできないとしても、被告丙川については五割、その余の被告らについては二割を下回ることはない。

(四) さらに、同会社は、東京地方裁判所において、罰金五〇〇万円の有罪判決を受け、これを支払った。

(五) 以上により、日本航空電子工業は合計一四五億六三〇〇万円の損害を被った。そして、各被告らの取締役就任期間、関与の程度等の事情を総合しても、各被告が会社に対して責任を負う範囲は五〇億円を下ることはない。

(被告らの主張)

(一) 通産省の輸出禁止処分の理由のうち、被告らが取締役として関与したのは、昭和六三年五月から平成元年四月までの間の一三回にわたり合計一三五七個のローレロンをシンガポールに輸出した行為に過ぎず、しかも右行為は会社が既に契約した部分の実行を了承したものであって、被告らの関与がなくても当該行政処分を受けることは必定であった。

また、防衛庁通達の理由は、米国からのライセンス契約に違反した加速度計・ジャイロスコープの輸出を主な理由とするものと思料されるが、被告らは右輸出に関与していないから、右通達から生じた損害を賠償する義務はない。

米国関係の合意・司法取引は加速度計・ジャイロスコープの不正取引を理由とするものであって、被告らはこれに関与していないのであるから、損害賠償の義務はない。

マスコミ報道の影響等については、被告らにとり予期せぬことであり、仮に会社に損害が生じていたとしても被告らにその賠償の義務はない。

(二) 原告は平成三年四月一日以降の売上高の減少をもって損害と主張するが、売上は、市況・為替相場など会社を取り巻く経営環境によって大きく左右されるものであるから、売上高の減少のみでは、その原因がすべて本件各不正輸出事件による損害であるということはできないし、その割合を特定することもできない。会社の受けた損害は、本件不祥事から直接生じた損害に限られるべきであり、売上高・当期純利益の減少は相当因果関係の範囲外にある。

(三) 棚卸資産の廃棄に伴い計上された損失は、米国国務省の行政裁量によってなされたものであって、加速度計・ジャイロスコープの不正取引によって生じたものではない。

(四) 司法取引は、高度の政策的判断に基づき、会社が米国各当局と合意したものであり、第三者の意思が介在しているから、加速度計・ジャイロスコープの取引と司法取引に基づく制裁金等の支払・行政処分にともなう売上高の減少との間の法的因果関係は中断されているというべきである。

(五) 東京地方裁判所において言い渡された罰金五〇〇万円の支払については、第一次提訴請求書に掲げられておらず、右損害については商法二六七条が規定する正規の手続きを経ていない。なお、第二次提訴請求書には、右請求書に列記された損害に限らない旨の記載があるが、右列記以外の損害とは、請求書面作成当時に原告が知り得なかった損害を指すべきものと解すべきであり、原告は右当時罰金刑の言渡しがあったことを知っていたから、右損害部分を追加して主張することは許されない。

第三  当裁判所の判断

一  本案前の争点(本件訴えの適法性)について

1 原告から日本航空電子工業の監査役宛てに送付された第一次提訴請求書には、被告らが平成四年四月二三日東京地裁で有罪となったことに関し、被告らは明らかに民法六四四条、商法二五四条に違反し、同法二六六条に該当すること、原告は、同会社が被告らのほか法的責任を追及できる役員全員に対して速やかに同会社が被った損害の賠償を請求するように要求するとの記載がなされ、会社が被った損害として、〈1〉一九九二年(平成四年)三月一一日日本航空電子工業が有罪を認めて、米国司法当局に支払った和解金一〇〇〇万ドルの邦貨、〈2〉右による行政処分の制裁金五〇〇万ドルの邦貨、〈3〉右〈1〉、〈2〉にかかる訴訟費用一切、〈4〉外為法違反により通産省から輸出禁止処分を受けたために輸出不能となった製品の廃棄処分による損失、〈5〉今回の事件による世界各地の支店・営業所の閉鎖に伴う損失、〈6〉今回の事件により日本航空電子工業が被った現在又は将来の逸失利益が列挙されている。

2 株主代表訴訟において、株主が訴訟を提起する前に、原則として、会社の監査役に対して訴えの提起を書面で請求することが要求されている趣旨は、取締役等の責任を追及する訴訟を提起する権能は、本来は会社にあることから、訴訟を提起するかどうか判断する機会を会社に与えるためである。したがって、右請求がいかなる事実・事項について取締役等の責任追及を求めているのかが判るようなものでなければならないのは当然であるが、一般の株主にとっては、取締役等の違法行為の具体的な内容、損害の範囲を正確に知り得ない場合も多いから、請求原因事実が漏らさず記載されていることを要求するのは相当でない。当該事案の内容、会社が認識している事実等を考慮し、会社において、いかなる事実・事項について責任の追及が求められているのかが判断できる程度に特定されていれば足りると解すべきである。

これを本件についてみると、前記のように、第一次提訴請求書の前文には、「東京地裁で有罪となったことに関し」と記載されているが、「左記会社が蒙った賠償請求を裁判所に提起するよう要求いたします」との記載もあり、「記」として、加速度計・ジャイロスコープの不正取引に関して会社が米国との間で行った司法取引による和解金・制裁金や、ローレロンに関する事実とともに右事実も理由となっている通産省の輸出禁止処分による損害も掲げられているのである。また、加速度計・ジャイロスコープの不正取引とローレロンの不正輸出とは、いずれもエアロシステムズ社及びその子会社を取引先として、最終仕向地がイランであることを知りつつ、税関長や通産大臣の許可を得ないで不正にこれらの製品を輸出したというものであって、社会的には密接な関連を有する一連の事件として捉えられていたことが明らかであり(弁論の全趣旨)、右通産省の処分が両者を合せて理由としているのも、そのひとつの表われであると考えられる。第一次提訴請求書には、「今回の事件」による会社の損害も列挙されているが、「今回の事件」が両事件を含んでいることは明らかで、そのことは会社関係者にも容易に判断できることであったと認められる。要するに、第一次提訴請求書は、両事件を含む一連の不正取引・輸出事件につき被告らの責任追及を求めている趣旨が明らかというべきであり、会社においてもそのことは容易に判断することができたと認められるのであって、加速度計・ジャイロスコープ事件についても事前に会社に対して提訴請求がなされているというべきであるから、本件訴提起後にされた第二次提訴請求の効力について論ずるまでもなく、右事件にかかる訴えの提起は適法である。

二  本件不正取引等の経緯

証拠によれば、以下の事実が認められる。

1 昭和五九年一月一九日頃、当時日本航空電子工業の航機事業部開発営業部長兼開発営業一課長であった丁原は、部下の甲原とともに、シンガポールにおいて、米国エアロシステムズ社副社長のコーリン・デブレアーズとシンガポールエアロシステムズ社のウエイン・A・ウォーターソンとの間で、日本航空電子工業の製品である民間航空機用電波高度計(JRA-一〇〇)の販売代理店の契約締結交渉を行い、覚書を締結した。その際、丁原が会社の技術力、信頼性等を強調するため、ウォーターソンらに対し、会社がF-四ファントム戦闘機用の慣性航法装置を製造し、防衛庁に納入していることを話したところ、同月二七日頃、ウォーターソンは日本航空電子工業の本社を訪れ、丁原・甲原に同航法装置の部品である加速度計・ジャイロスコープを売却してくれるようにと依頼した。丁原は右製品が外為法の輸出規制品であることからちゅうちょを覚えたが、ウォーターソンが、国内渡し・円建ての現金決済であれば右規制を免れることができると述べて更に依頼してきたことから、その条件ならば露顕のおそれは少ないと考え、検討を約束した。同日、丁原は、航機事業部次長の乙野に指示を仰ぎ、乙野の指示で見積作業に取りかかり、取引を進めることとした。丁原は、その後、直属の上司である被告丙川(航機事業部長代理)にも事情を報告し、同被告の了承を得た。

2 昭和五九年二月末又は三月初め頃、乙野は、同人の執務室において、被告丙川や丁原らを同席させて、加速度計・ジャイロスコープの不正取引の遂行を決定し、正規の輸出ができないのでエアロシステムズ社との国内取引とすること、加速度計・ジャイロスコープを架空の記号で表記し、秘密扱いとすることを指示した。被告丙川は、その数日後、乙野から最終仕向地がイランであることを示唆された。

3 丁原は、エアロシステムズ社の子会社である香港ハイエラックス社と前記電波高度計の販売代理店契約を締結し、高度計二〇個を販売した翌日である同年三月二八日、ウォーターソンから加速度計一三個の注文を受け、その際、イラン国防省が最終ユーザーであることを知らされた。丁原は、部下の戊田(開発営業一課長代理)・甲原に納品を指示するとともに、丙川に報告した。丙川は、同加速度計の納入準備の決裁をした上、同日、甲原とともに製品の引き渡しに立ち会い、ウォーターソンから代金一五〇〇万円を円建て小切手で受領した。その後昭和六一年九月三〇日まで、別紙一の一覧表記載のとおり、加速度計一一七個、ジャイロスコープ二二八個(G-二〇〇・二一三個、GG-一一六三AA〇一・一五個)の販売が秘密裡に行われた。

4 昭和六〇年六月一四日頃、戊田は、ウォーターソンからフライホイール(流量計)のベアリングの交換修理であるとして、ローレロンの修理の依頼を受け、サンプル品五個を受け取った。戊田は、丁原(航機事業部長代理兼開発営業部長)に報告し、その指示を受けて修理が可能かどうかの調査・検討を部下に命じた。同月二一日、丁原は、ウォーターソンから流量計がサイドワインダーミサイルの部分品であるローレロンであること、最終ユーザーはイラン空軍であること、右部品をシンガポール経由でイランに送ることを告げられた。同年八月末又は九月上旬頃、丁原は戊田から製品の修理の見込みが立った旨の報告を受け、同年九月上旬ないし中旬頃、被告丙川(航機事業部長代行)に報告し、修理の対象がミサイルの部品であること、既にサンプルとして一二個を受け取っていること、流量計の修理という形で通関手続を行い、シンガポールから送付を受け、修理してシンガポールに送り返すこと、最終仕向地はイランであることを告げ、同被告の決裁を求めた。被告丙川は、当時航機事業部の売上の七割を占めていたエアロシステムズ社との取引を次のビジネスチャンスと考えてこれを決裁し、ローレロン一二個の受注を決定し、これを自社で修理することとした。その後、香港ハイエラックス社からローレロン三〇〇〇個の修理注文があり、同年一一月二九日、生産依頼書を作成の上、別紙二の一覧表記載のとおり、昭和六一年一月八日から同年一二月四日にかけて、六回にわたり、粉体流量計フライホイールと偽って、合計二〇九三個のローレロンを輸入した。これらの修理は長野県下伊那郡にある協和精工株式会社に、バランス検査は江戸川精密株式会社に請け負わせることにされた。その後、戊田はウォーターソンからフライホイールからカウンターホイールに名称を変更するようにとの要請があり、同年二月二六日から同年一一月二二日にかけては、カウンターホイールと偽り、ローレロン合計一六八〇個をシンガポールに輸出した。

5 昭和六一年一一月二六日、被告乙山は、下請け企業の選定のために協和精工を訪れた際、偶然に、ローレロンを修理しているところを現認し、日本航空電子工業の依頼の下に行われていることを知った。同被告は、早速丁原(航機事業部次長兼第一技術部長)を呼び出して事情を聞きだし、同人から、ローレロンを粉体流量計部品のフライホイールという名前で通関手続きを行い、シンガポールのエアロシステムズ社に輸出していること、最終仕向地はイランであること、既に受注して輸出していることを告げられ、不正輸出が行われていることを知るに至った。しかし、同被告は、丁原の進言等から、即時に取引を中止すると相手方との間にトラブルが生じかねないこと、事が露顕すると会社の経営上影響がきわめて大きいことを懸念し、結局、既契約分について処理し、新規の契約はしないようにと指示するに留まり、被告甲野らに報告することはしなかった。

6 昭和六二年三月頃、香港ハイエラックス社従業員から先に修理したローレロンに不具合品があるとのクレームがあり、新たにローレロンの修理輸出業務の担当になった丙山梅夫(開発営業二課長)は、ウォーターソンから不具合品三個を受領した。同年四月二〇日、航機事業部から営業部門が独立して航機営業本部が新設され、被告丙川が同本部長に就任したが、被告丙川は、それ以前から取締役として航機事業部の営業に関する書類に目を通し、ローレロンの取引がなされていることを承知しており、また、丁原らからローレロンに不具合品が発生・返品されたことを知らされていた。同年六月一〇日、ウォーターソンから不具合品二四〇個が送付され、丁原らは新たな修理方法を検討するよう部下に指示した。

7 同年五月初旬、東芝ココム違反事件が報道され、通産省から輸出関連法規の遵守についての通達等が出された。日本航空電子工業では、同年七月三〇日頃社内に貿易管理委員会を設置し、被告丙川は同委員会事務局長、丁原は同委員にそれぞれ就任した。同年六月二六日、被告甲野が代表取締役社長に就任したが、同被告が航機事業部の輸出の実態を聞きたいと発言したことを契機として、被告乙山、同丙川及び丁原は、ローレロンの不正輸出ほか一連の不正輸出を被告甲野に報告すべきであると考え、丁原が丙山に報告用資料の作成を命じた。

8 同年九月三日、予算会議が終了した後、被告乙山は、同丙川及び丁原を連れて社長室に赴き、被告甲野に対する報告を丁原にさせた。丁原は、資料に基づき、フライホイールとあるのは、軍用品でミサイルの部品であること、通関手続きは、粉体流量計のカウンターホイールとして行っており、問題が生じていないこと、「I」とあるのはイランのことであり、最終ユーザーはイラン国防省であること、ハイエラックス社との関係は、電波高度計の取引から始まり、加速度計・ジャイロスコープの取引にも応じてきており、これらについては、取引が一旦中断しているものの、追加注文が来ていること、取引を打ち切るとトラブルになる虞れが高いことを被告甲野に伝えた。右報告に続き、被告乙山は、これまでもやってきており問題はないと取引の継続を進言し、同丙川も流量計として通関手続きを行えば今後も問題がないと意見を述べた。そして、これらの報告等を受けて、被告甲野は、ローレロンについては、契約済みの取引を継続することを承諾し、被告乙山らにトラブルを起こさず、友好的に、しかし、できるだけ早急に処理するように指示するとともに、加速度計・ジャイロスコープについては新規受注を中止させることにした。

9 被告甲野の了解を受け、ローレロンについて引き続き修理・実験が繰り返され、同年一一月一日、ローレロンの試作品二〇個がシンガポールに輸出された。被告乙山は、昭和六三年一月下旬、丙山を通じ、ウォーターソンから修理したローレロンを用いた飛行実験が良好であるとの連絡を受け、価格等の打ち合わせを経て、同年三月、ハイエラックス社から新価格による注文書の送付を受け、同年五月二二日、ローレロン四八個をシンガポールに輸出した。以後平成元年四月四日まで、別紙二の一覧表記載のとおり、一三回にわたり、合計一三五七個のローレロンをシンガポールに向けて不正に輸出し、昭和六三年一一月二八日から九回にわけて合計三四〇一万四〇三〇円の代金の支払を受けた。平成元年四月、被告丙川は、丙山(海外営業部長)から受注済みのローレロンの輸出が終了した旨の報告を受けた。

三  争点1(加速度計等不正取引の責任)について

1 被告甲野、同乙山

前記認定のとおり、被告甲野は、昭和六一年六月二七日、日本航空電子工業の取締役(代表取締役副社長)に就任したものの、加速度計・ジャイロスコープの不正取引を知ったのは、昭和六二年九月三日に被告乙山らから一連の不正輸出について報告を受けたときであり、また、被告乙山は、昭和六〇年六月二七日、同社の取締役(常務取締役)に就任し、同六一年六月二七日航機事業部の担当取締役になったものの、右取引を知ったのは、協和精工においてローレロンを発見した後、丁原から事情を聞き出した昭和六一年一二月頃であると認められ、両被告が右時点より前に右取引を知っていたものと認めるに足りる証拠はない。そして、加速度計・ジャイロスコープの不正取引が行われたのは、昭和五九年三月二八日から昭和六一年九月三〇日までであって、両被告が右事件を知ったときには、既に不正取引は終了していた。

もっとも、取締役には会社に損害を及ぼすべき従業員の違法行為を発見し阻止する一般的な注意義務があると解されるのであって、日本航空電子工業のような会社の場合、その業種及び取扱商品の性質上、関税法・外為法違反の有無については、取締役としても十分に注意を払う必要があったといえるであろう。しかし、本件加速度計・ジャイロスコープの取引は取締役会の決裁事項や報告事項になっていなかった上に(被告甲野、同乙山)、国内取引の形態をとり、製品が加速度計・ジャイロスコープであることや最終仕向地がイランであることが判らないような方法で、乙野、丁原ら航機事業部の所属員によって秘密裡に進められていたものであるところ、日本航空電子工業においては日々数多くの取引が行われており、問題の不正取引がその取引高、規模等において他の取引と比較して際立っているような事情も本件証拠上認められない。また、被告甲野の取締役就任及び被告乙山の航機事業部担当取締役就任後は、わずか三か月間に四回の取引が行われているだけである。これらの事情を考慮すると、両被告が本件加速度計・ジャイロスコープの不正取引に気付かなかったとしてもやむを得ない面があるというべきであり、取締役に要求される通常の注意を払えば、本件不正取引を知る以前に、これを発見できたはずであるとまで断定することは困難である。

したがって、被告甲野及び同乙山は、加速度計・ジャイロスコープの不正取引については、取締役としての善管注意義務・忠実義務懈怠の責を負わないというべきである。

2 被告丙川

前記認定のとおり、被告丙川は、本件不正取引の開始前、丁原から本件不正取引を行うべきか否か判断を求められ、既に上司の乙野(航機事業部次長)が了承していることを聞いて、本件不正取引の開始を了承した上、その後製品の引き渡しに立ち会うなど積極的に関与している。そして、本件不正取引は当初から継続的に行われることが予定されていたものであるから、同被告は取引が継続的に行われることについて支持・承認していたものと認められる。しかも、同被告は航機事業部次長、昭和六〇年六月二七日からは航機事業部長代行として航機事業部全体を監督し、丁原から幾度か報告を受け、同年九月頃からはローレロンの不正輸出に関与し、これを決裁していることからすると、同被告が取締役(航機事業部次長)に就任した昭和六一年六月二七日以降の加速度計・ジャイロスコープの不正取引についても、これを認識していたに止まらず、本件不正取引の責任者として積極的に支持・承認していたものと認めるのが相当である。

そして、本件加速度計・ジャイロスコープを許可なく不正に輸出することは、関税法・外為法違反として、会社の事業運営に重大な不利益・損害を及ぼす蓋然性の高い行為であるから、取締役としてこれを支持・承認することが取締役の善管注意義務・忠実義務に違反することは明らかである。

そうすると、被告丙川は、別紙一の一覧表記載の取引のうち、昭和六一年六月三〇日から同年九月三〇日までの間におけるジャイロスコープ(G-二〇〇)合計四八個の不正取引について、取締役としての責任を負う。

四  争点2(ローレロン不正輸出の責任)について

1 被告甲野、同乙山

既に認定したとおり、被告甲野がローレロンの不正輸出を知り、これを承認したのは、被告乙山らから報告を受けた昭和六二年九月三日であり、被告乙山が右不正輸出を知り、これを承認したのは、丁原から事情を聞き出した昭和六一年一二月頃であると認められ、両被告らが右時点より前に右不正輸出を知っていたものと認めるに足りる証拠はない。

なお、原告は、ローレロンの不正輸出について、被告甲野及び同乙山には、取締役就任時点で会社、殊に航機事業部の業務運営に重大な法律違反行為がないかどうか調査すべき義務があり、両被告はこの義務を怠った旨主張する。しかし、前記認定のとおり、ローレロンは、粉体流量計の部品であるフライホイールないしはカウンターホイールとして正規の手続きを仮装して、被告丙川や丁原らによって秘密裡に輸出されていたものであり、被告甲野及び同乙山がフライホイール等の名で取引されている商品がミサイルの部分品であるローレロンであり、しかも取引先がイラクと交戦中のイランであることを発見できなかったことをもって、取締役としての監督・調査義務を懈怠したものとまで認めるに足りる証拠はない。

ところで、ローレロンの不正輸出は、関税法及び外為法に違反し、会社に重大な不利益・損害を及ぼす蓋然性の高い行為であるから、右不正輸出を知りながらこれを阻止せず承認した両被告の行為が取締役の善管注意義務・忠実義務に違反することは明らかである。確かに、両被告は既契約分で要修理品として輸入済みのローレロンに限って契約の履行を承認しただけで、不正輸出を積極的に支持したわけでも、取引の全てに責任があるわけでもない。この点は、後記のように、両被告の負うべき損害賠償責任の金額を定めるに当たって考慮すべきであるが、取引を中止すればそれによるトラブルを避けられず、過去の不正輸出も露顕することになって会社が多大な損失を被る可能性があったとしても、違法行為の露顕を防ぐために違法行為を継続することが正当化されるはずもないから、右事情は、被告らの善管注意義務違反・忠実義務違反の判断に影響を及ぼすものではない。

そうすると、被告甲野及び同乙山は、別紙二の一覧表記載の不正輸出のうち、昭和六二年一一月一日から平成元年四月四日までの間におけるローレロン合計一三八七個の不正輸出について、取締役としての善管注意義務・忠実義務違反の責を負う。

2 被告丙川

被告丙川は、昭和六〇年九月頃に丁原からミサイルの部分品であるローレロンの修理取引の承諾を求められて、受注を指示し、その後も丁原から報告を受けていたのであるから、同被告は、取締役に就任した昭和六一年六月二七日以降の不正輸出について、これを認識ないし認容していたと認めるのが相当である。そして、右行為が善管注意義務・忠実義務違反に当たることは既に述べたところから明らかである。

そうすると、被告丙川は、別紙二の一覧表記載の不正輸出のうち、昭和六一年九月二日から平成元年四月四日までの間におけるローレロン合計一五七五個の不正輸出について、取締役としての善管注意義務・忠実義務違反の責を負う。

五  争点3(損害)について

1 ローレロンの不正輸出による罰金五〇〇万円

(一) 原告は、第一五回口頭弁論期日(平成七年九月二八日)において、日本航空電子工業が納付した罰金五〇〇万円を、ローレロンの不正輸出に係る損害賠償請求の損害として追加主張したが、第一次提訴請求書にも第二次提訴請求書にも、右罰金についての記載はない。しかしながら、既に説示したとおり、事前の提訴請求は、いかなる事実・事項について取締役の責任追及が求められているのかが会社において判断できる程度に特定されていれば足り、取締役の行為によって会社が受けた損害の細目を全て明らかにすることまでは要しないものと解するのが相当であるところ、原告が東京地方裁判所の有罪判決に関する責任の追及を求めていることは、第一次提訴請求書に明示されているから、右判決により会社が言い渡され納付した罰金を損害として追加的に主張することは、妨げられないというべきである。

(二) 前記のとおり、被告甲野及び同乙山は、昭和六二年一一月一日から平成元年四月四日までの間におけるローレロンの不正輸出について、被告丙川は、昭和六一年九月二日から平成元年四月四日までの間におけるローレロンの不正輸出について、それぞれ責任を負うものであるが、東京地方裁判所において日本航空電子工業が有罪となった事実は、昭和六三年一〇月一三日から平成元年四月四日までの間のローレロンの不正輸出であるから、同社が言い渡されて納付した罰金五〇〇万円相当額の損害について、被告らに損害賠償責任が認められる。

2 米国における罰金、制裁金の支払い

前記認定によると、日本航空電子工業は、米国司法省・国務省・商務省との間で司法取引を行い、二二個の訴因のうち一〇個について有罪答弁を行った上、罰金一〇〇〇万ドル、特別課徴金二〇〇〇ドル、制裁金五〇〇万ドル及び和解金四二〇万ドル(邦貨換算額合計二四億八〇三〇万円)を支払ったが、罰金・制裁金等の前提となった起訴事実は、米国国務省の許可なしに行った〈1〉昭和六一年二月二七日から同年九月二五日までの間のジャイロスコープ(G-二〇〇)一二七個の取引、〈2〉同年二月二八日に行った加速度計一個の取引、〈3〉昭和六二年三月二四日に行ったジャイロスコープ(GG-一一六三AA〇一)一個の取引であるところ、既に説示したとおり、被告甲野、同乙山は、右取引につき取締役としての善管注意義務・忠実義務違反の責を負わず、また、被告丙川は、右取引のうち、昭和六一年六月三〇日から同年九月二五日までの間に行った四五個のジャイロスコープ(G-二〇〇)の取引のみについて取締役としての善管注意義務・忠実義務違反が認められる。

米国司法省等との司法取引が介在しているとしても、その司法取引の過程や結果が通常予測されうるところと著しく異なる等の特段の事情が認められない限り、被告丙川の行為と右罰金等を支払ったことによる損害との間の法的な因果関係が否定されるものではないと解すべきところ、右特段の事情につき主張・立証はない。

3 売上高の減少による利益の喪失

本件不正取引・不正輸出が発覚し、強制捜査、起訴、第一審判決、通産省、防衛庁、米国国務省、商務省による処分等が行われたのは、概ね平成三年七月頃から翌四年四月頃にかけてであるが、前記のように、日本航空電子工業においては、第六一期(平成二年四月から平成三年三月まで)に約七七六億円あった売上高が、第六二期(平成三年四月から平成四年三月まで)には約七一六億円とやや減少し、第六三期(平成四年四月から平成五年三月まで)には約五九二億円と大幅に減少しており、第六一期には約一〇億六三〇〇万円の当期純利益があったのが、第六二期には約三九億二八〇〇万円、第六三期には三二億五五〇〇万円の各当期純損失を計上している。この売上高及び利益の減少に、本件の発覚と右処分等が影響していることは否定できないし、日本航空電子工業の大蔵大臣宛の臨時報告書には、これらの処分等による売上高や当期純利益の減少の見込額の記載があり、また、調査嘱託に対する同社の回答においても、通産省の行政処分による売上高の減少、米国国務省の処分による売上高及び売上利益の減少額が算定されている。

しかし、臨時報告書の記載は単なる見込額に過ぎないし、第六二期、第六三期は、深刻な不況が続くとともに、急激な円高が進行した時期であることは、調査嘱託の結果や有価証券報告書の記載によるまでもなく、公知の事実といってもよく、こうした要素が売上高及び利益の減少にかなりの程度影響しているであろうことも、優に推認できる。また、当期損益の増減には、売上原価、販管費、営業外収益・費用の増減等が関係することはいうまでもない。したがって、売上高の減少自体、どの程度本件不正取引・不正輸出に起因するものか、確定し難いばかりでなく、この間における当期純利益の減少額・当期純損失の増加額をもって、直ちに本件不正取引・不正輸出に起因する損害と認めることは相当でない。第六一期との比較における第六二期、第六三期右期間の当期純利益の減少(当期純損失の増加)額のみを根拠として、本件による売上高の減少に基づく損害が一〇〇億円を下らず、また、少なくともその三割は本件不祥事によるものとする原告の主張は、採用し難い。

4 棚卸資産の廃棄損失及び有価証券の評価損失の計上

前記認定のとおり、日本航空電子工業は、第六二期(平成三年四月から平成四年三月まで)の期末決算において、輸出禁止処分に伴う棚卸資産の廃棄損失として一二億二六〇〇万円、第六三期(平成四年四月から平成五年三月まで)の期末決算において、不祥事に伴うライセンスの一時停止により出荷不能となった棚卸資産の廃棄損失として六億八四〇〇万円、有価証券評価損として一億〇九〇〇万円をそれぞれ特別損失として計上している。

このうち、有価証券の評価損失については、本件不正取引・不正輸出との関連性を認めるに足りる証拠はない。

棚卸資産の廃棄損失については、当裁判所の調査嘱託に対し、日本航空電子工業は、第六三期の廃棄損失の内訳は、〈1〉製品開発費の未償却残高が六億一九〇〇万円、〈2〉不良部品・材料が一億九〇〇〇万円、〈3〉生産移管に関わる所要棚卸資産の売却損失が二億三五〇〇万円、〈4〉受注見込みのない長期滞留棚卸資産が一億八二〇〇万円であるが、いずれも輸出禁止処分によって新たに発生したものではなく、右処分を契機として損失計上を行ったものにすぎず、また、第六四期の廃棄損失の内訳は、〈5〉ライセンスの一時停止によって出荷不能となった棚卸資産が三億二七〇〇万円、〈6〉受注を期待して先行的に取得していた棚卸資産が二億四〇〇〇万円、〈7〉受注見込みのない長期滞留棚卸資産が一億一七〇〇万円であるが、〈6〉、〈7〉はライセンスの一時停止によって新たに発生した損失ではない旨回答している。

右のうち、〈1〉、〈2〉、〈3〉、〈6〉についても、本件不祥事との因果関係を否定する会社の回答内容は、これを事実どおりと受け取ってよいか些かの疑問を感じさせる点がないわけではないが、右回答の信憑性を否定し因果関係を肯認するまでの証拠はないと判断するとしても、少なくとも、〈5〉については、右回答によりライセンスの一時停止との因果関係が明らかであるほか、〈4〉、〈7〉の長期滞留棚卸資産の処分であるとするものについても、本件不祥事により売却が困難となった棚卸資産を廃棄したものと認定するのが相当である。〈4〉、〈7〉について、有価証券報告書では、輸出禁止処分にともなう棚卸資産廃棄損、ライセンスの一時停止により出荷不能となった棚卸資産廃棄損であると説明されているところ、右回答においては、受注見込違いによって今後売上見込みがない長期滞留品をこの機会に処分したものであると説明されているが、有価証券報告書の営業外費用の部に棚卸資産廃棄損として、第六〇期から第六三期まで継続的に相当額を計上していることを考慮すると、右説明は不自然である。

もっとも、ライセンスの一時停止は米国国務省による輸出許認可の一時停止処分であり、右処分は加速度計及びジャイロスコープの不正取引に関してされたものであるから、〈5〉及び〈7〉についての責任を考え得るのは、被告丙川のみである。また、〈4〉の損害と因果関係のある通産省の処分については、被告甲野、被告乙山の責任を否定すべきである加速度計及びジャイロスコープの不正取引が、理由の一部となっているが、後述のように、この点は両被告の責任の限度を決定するにあたって考慮すべきであるとしても、ローレロンの不正輸出も右処分の理由となっている以上(右処分は一個で、理由毎に分割することはできず、かつ、ローレロンの不正輸出の事実が、加速度計及びジャイロスコープの不正取引と比べれば無視できるというほど軽微であるともいえない)、被告甲野、被告乙山の有責行為と右処分との因果関係は否定されず(ローレロンの不正輸出がなければ、これを理由の一部とする処分もない)、ひいては両被告の有責行為と〈4〉の損害との因果関係も否定されないものというべきである。この間に米国国務省の行政処分が介在しているとしても、特段の事情が認められない限り因果関係が否定されることはないと解すべきであるところ、右特段の事情につき主張・立証はない。

5 被告らの責任の範囲

前記1の罰金五〇〇万円については、その処罰の対象となった事実のすべてにわたり被告ら三名の責任が認められるから、被告らは連帯して右罰金相当額全額の損害賠償責任を負う。しかし、前記4〈4〉の棚卸資産の廃棄損については、被告甲野、被告乙山は、原因事実の一部にしか責任がなく、しかも、責任の認められるローレロンの不正輸出に対する関与の度合いも限定されたものである。このような場合、条件的な因果関係が認められるからといって、生じた損害の全額について責任を負わせるのは酷であって、寄与度に応じた因果関係の割合的認定を行うことが合理的であり、右損害一億八二〇〇万円のうち、最も控え目にみて二割に当たる三六四〇万円の限度で被告丙川と連帯して責任を負うものと認めるのが相当である。また、加速度計及びジャイロスコープの不正取引とローレロンの不正輸出の両者について責任の認められる被告丙川に関しても、取締役としての責任は全事実にわたるものではない点等を考慮し、前記2及び4〈4〉、〈5〉、〈7〉の損害については、右に準じて、その寄与度に応じた責任の限定を行うことが合理的であって、最も控え目にみて、2の損害二四億八〇三〇万円の四割に当たる九億九二一二万円、4の〈4〉、〈5〉、〈7〉の損害合計六億二六〇〇万円の四割に当たる二億五〇四〇万円について割合的因果関係を認めるのが相当である。

六  結論

よって、原告の本訴各請求は主文第一、第二項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第八部

裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 池田光宏 裁判官 武笠圭志

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